腹減った。 23:59

ほんとに腹減った。

そうそう、最近になって、「飢える」ということの意味が
ようやく、少しずつわかってきた気がする。

ちなみに、これを書いている現在、
すでにしてお腹がグーグー鳴っているわけだが、
これも立派な「飢え」だ。
誰もが簡単に得られるもっとも単純な「飢え」だ。

実際、ここのところ一日一食だったから、
そりゃあ腹が減るのは当然。
人間、どんな感情を持っていようと、
胃袋が訴える「飢え」にはかなわないし、
それが悲しいかな、生きていることを実感させてくれる。

さて、昔まだ学生だった頃、
俺はある学校で映画の勉強をしていた。
3年制の専門学校で、ある者は演技を修練し、
またある者は演出、脚本、撮影と、
それぞれが、やがては映画という娯楽に身を捧げるため、
苦しくも楽しい修行時代を過ごしていたのだ。

そこで俺は、とある脚本家に師事していた。
この師匠は若手のシナリオライターで、
当時「忍者ハットリくん」のシナリオで生計を立てながら、
酒が入ると、きまって俺たち学生に
「俺もあと3年で本編(上映用映画)を書くッ!」と叫んでは、
六畳間の仕事場で大の字で寝てしまうという豪快な人だった。

このときの同門に、A君というやつがいた。
そんなに仲がよかったわけではないが、
A君が書くシナリオは、どこか透明なイメージがつきまとう
不思議な物語が多かったのもあって、
付き合いがそこそこあり、
互いに作品を見せ合ったりしたものだった
センス、と一言で片付けてしまえば以上終了なのだが、
当時はA君の書く作品の雰囲気がとてもうらやましく、
理屈っぽい自分のシナリオを何度も読みかえしては、
彼の作品と比べて歯噛みした記憶が残っている。

そんな彼が、酒に酔って、こんなことを話していたのを思い出す。

「俺はね、毎日無為に過ごして、誰からも相手にされずに、
 ただ部屋に閉じこもって日々を暮らしたことがある。
 他人との関わりを捨てて、そして誰からも何も求められない。
 もう何もしたくない、と本気で思って、
 誰にも会わずに、何にも参加せずにいたら、
 ある日、自分は不必要な人間だと本気で信じてしまった。
 でね、ほんとに何もしない毎日を送ってみたんだよ。
 食べることも何もかもやめた。
 しかし、やっぱり腹だけは減るんだな。
 俺は食いたくないのに、腹だけはどんどん減る。
 たまらない飢えだったし、
 数日後、やっぱりその衝動に負けるんだけど、
 最初の食べ物を食べた瞬間、
 自分が本当は、食べ物以外にも
 たくさんのものを求めていたことに気づかされてしまった。
 俺はね、何も気にしない、関係ないとか言っていて、
 その実、たくさんのことに飢えていたみたいだ」
 
当時は言ってる意味がわからず
ポカーンとしてたけど、
いまなら、このときの彼の言葉を少し理解できる気がする。

「心が否定しても、身体は、そんなことにおかまいなく求めるんだよ」

A君は、その後何作か発表してプロで数年活躍したらしい。
風のうわさでは、あるとき脚本を書くのをやめて田舎に帰り、
そこで若くして亡くなったという。

今でも、俺は映画やテレビのテロップを見ると、
無意識に、彼の名前を探す。
それもまた、自分のなかの飢えなのだと、
やはり思ってしまうのだ。

たまにはまじめなはなし 02:00

どんより。

はじめての写真なし。

この2週間ほど、
なかなかうまくいかない毎日を過ごしている。
もともと、あんまり考え込まない性格だけど、
思い通りに行かないこと、
自分の手が届かないこと、
人の気持ち、自分の気持ち、
想像だけでリアルに感じられない
“いろいろなこと”に、
特にこの数日は振り回されて生きてきた気がする。

いま、ある学校の入学パンフレットを作っている。
全部で100ページほどの冊子に、
これから専門学校に入りたい人たちの希望を
びっしりと詰め込まなければならない仕事。

写真も文章も、将来への希望をテーマに仕上げなければならないから
自ら撮影する写真も、脳からひねり出す文章も
ポジティブに、そして未来への希望を脚色して作り上げている。

ふと、自分にその資格があるのか、と思う。
慣れた仕事だから、それこそ機械的に
学校や学生が望むものを仕上げていくけど、
それを作っている己は、
どこか頭の中心が麻痺していることに気づくのだ。

素直に笑いあう学生たちの笑顔、
「白紙」という30代後半では望んでも得られない将来像をもって
不安と恐れ、そして希望を抱えている学生たちの姿が
シャッターを切るたびに己に焼きついていく。
単なる白い紙でいられるということの尊さは、
どぎつく染まってからでないと気づきにくいのだ。

来週に、すべてが一段落する。
不幸なことに、たまたま長く思える辛い週末が来るけど、
その結果は、願わくばよい仕事になればいいと思う。
しかし、気づいてしまったことは、
もう決して引き返せないことも確かだ。